花粉と種子の散布
花粉と種子の散布
北海道富良野の沢沿いの森林に設定された岩魚沢保存林を研究サイトとして,複数種(ヤチダモ,オニグルミ,トドマツ)のジーンフロー研究に取り組みました。マイクロサテライトマーカーを利用して,各樹種の花粉や種子の散布パターンを調べるとともに,モデルを利用して長距離散布の定量化にチャレンジしました。
ヤチダモ
マイクロサテライトマーカーを利用して,10.5haプロットを中心に,花粉と種子の散布パターンを調べています.近距離と長距離の2成分からなるモデルを利用してプロット外からの流入も考慮しつつ,花粉散布パターンを推定しました。その結果,花粉散布の平均距離は約200mで,花粉散布距離母樹から500mの範囲から95%の花粉が由来することが示唆されています。また,想像以上に広範囲に種子が散布されていることが示唆され,台風に近い強風によって舞い上げられた種子,あるいは雪解け水による水散布がこのような長距離散布に貢献しているのではないかと想像しています(Goto et al. 2006 Mol Ecol)。
ヤチダモでは、種子の形が散布時間に及ぼす時間を調べるために、鉄塔からの種子散布実験をやってみました。樹木園の気象タワーのてっぺんから形を調べておいたヤチダモ種子を散布すると同時に、散布時刻を計測し、落下位置を特定しました。この実験は樹木園のスタッフ全員が手伝ってくれました。そして、生物測定学研究室の岩田洋佳さんが開発したSHAPEをつかって、ヤチダモ種子の形を定量し、滞空時間との関係を調べたところ、先端がとがった種子ほどよく飛んでいるという知見が得られました(Goto et al. 2005 Eco Res)。ふたを開けてみれば、先端がとがった種子はねじれており、良く回転するから滞空時間が長いということでした。考えてみれば当たり前ですが、こんな実験も時に思わぬ着想をもたらしてくれるのです。
オニグルミ
オニグルミは雌性先熟と雄性先熟の2つのタイプがあり,相補的な交配をするヘテロダイコガミーという珍しい交配様式をしています。岩魚沢では,非常に低密度で分布しているオニグルミがどのように繁殖失敗を回避しているのか,というテーマに取り組みました。沢沿いに3kmの範囲にオニグルミ成熟個体を調べるとともに,先熟タイプを開花調査で決定するとともに,マイクロサテライトマーカーを用いて11母樹から採取したクルミの花粉親識別を行った結果,基本的には近距離のタイプ間交配がメインでしたが,1kmを超える長距離送粉も認められました。また,孤立性の高い母樹では,4割近い自殖が認められ,この結果が北海道特有の開花期間の短さによるものなのか,進化的な意味があるのかどうかは今後の課題です(Kimura et al. 2012)。
トドマツ
北海道では林床にササが濃く繁茂しており,針葉樹の主な更新サイトは倒木上や根返り跡などに限定されます。岩魚沢では,112本の倒木上に更新した稚樹の母親と父親を核と葉緑体の両方のマイクロサテライトマーカーを用いて識別しました。その結果,花粉は広範囲に多数の個体から散布されているのに対し,種子親は倒木のごく近く(20m以内)にほとんど集中しているものの,想像以上に散布パターンには個体差があること,また,実生定着場所としての倒木の質の良さ,生残率などが現在の稚樹と母樹の位置関係に複雑に影響していることが明らかになってきています。このようなセーフサイト依存的な種子散布パターンは,トドマツの遺伝的構造にも大きな影響を与えており,長距離種子散布の頻度,セーフサイトの生成パターンなどが複雑に影響していると考えられます(Lian et al. 2008)。